能登のキリコ祭り

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能登町
NOTO TOWN

あばれ祭
あばれまつり

能登のキリコ祭りの先陣  
キリコも神輿も大暴れ

疫病退散を感謝して始まった祭り

 定置網漁の基地として知られる能登町宇出津地区。7月最初の金・土曜、能登のキリコ祭りのトップバッターとして行われるのが、宇出津・八坂神社の祭礼「あばれ祭」です。
 江戸時代の寛文年間、この地で疫病がはやり、京都の祇園社(八坂神社)から牛頭天王を勧請し、盛大な祭礼を行いました。そのとき大きなハチがあらわれて、病人を刺したところ、たちどころに病が治りました。地元の人はこのハチを神様の使いと考えて感謝し、大きなキリコをつくって「大泥棒ボー、ハチや刺いた」とはやしながら練り回ったというのが、あばれ祭の始まりとされています。
 勇ましいことを好む牛頭天王を喜ばせようとキリコや神輿が激しく暴れ回り、数あるキリコ祭りの中でも、飛びぬけて豪快なことで知られています。

港に40基以上のキリコが林立

 祭り初日の主役はキリコです。朝、この地区の産土神社である白山神社(宇出津港の東側)と酒垂神社(港の西側)が八坂神社で神事を終えた後、それぞれの神輿が氏子の町内を渡御。キリコも動きだし、棚木海岸(港の東側)に向かいます。夕刻には全町約40基のキリコが林立し、壮観な眺めが広がります。
 午後9時、花火が打ちあがると宵祭りの始まりです。キリコは宇出津港の中心「いやさか広場」へ。キリコの入場とともに高さ7mにもなる5本の柱松明に火がつけられ、松明の周りを勇壮に乱舞します。「テテンコテンテン、テコテンテン」という太鼓の音に合わせ、「イヤサカヨッセ、サカヨッセ」と囃しながら、ひたすら練り回ります。燃え上がる炎と降りかかる火の粉に担ぎ手のみならず観客の気分も高揚し、祭りのムードは最高潮に達します。

盛大に、はてしなく神輿が暴れまわる

 2日目、神輿はキリコを前後に従えて八坂神社に向かって出発。「チョーサ、チョーサ」の勇ましい掛け声とともに、担ぎ手たちは神輿を海や川に投げ込んだり、火の中に放り込むなど、思う存分大暴れ。中でも、梶川橋の上から神輿を川に投げ込み、水中で神輿を転がしたり上に乗ったりする豪快な暴れっぷりは、祭りのハイライト。神社に到着してからも、炎を上げる「置き松明」の中に神輿を放り込み、火の粉が舞い飛ぶほど容赦なく痛めつけます。神輿を宮入りさせたい者と阻む者がせめぎ合い、何度も火中へ。神輿が拝殿に入る頃には深夜2時を回り、祭りはようやくフィナーレを迎えます。

【「あばれ祭」の魅力】

 暴れるほどに魂が甦る。全てが驚愕のオンパレードだ。神輿は、海中に投げ込まれるのを皮切りに、お旅の路上でも、道路に叩きつけられ激しい放水を浴びせられる。橋の上から川に放り込まれ、揉みくちゃの水責めにあう。さらに、八坂神社への宮入り前には、赤々と燃える「置き松明」に投げ込まれ、壮絶な火責めを受ける。その名に違わぬ暴れぶりだ。
 一方で、キリコも威勢がいい。柱松明が燃え盛る中、火の粉を浴びながら勇壮に担ぎまわる。約40基というキリコの多さも圧巻だ。宇出津地区あげての大祭なので、担ぎ手と囃子方だけでも2,000人を超え、「いやさか広場」は熱狂の渦に飲み込まれる。
 宇出津は能登有数の港町だ。往時、おびただしい船と人の出入りで、様々な疫病も流行ったであろう。土地の人々は、疫病退散と地域の繁栄を願い、営々と祭りを営んできた。あばれ祭りの魅力、それは、まさしくエネルギーの爆発。祭りの日の破天荒ともいえる暴れぶりに、誰もが神と人が一体化する光景を見い出すことができるだろう。

石川県観光
スペシャルガイド

藤平 朝雄 さん
能登半島広域観光協会相談役。 元キリコ会館館長。

ココがみどころ【感動ポイント】

●約40基のキリコが大松明の周りを勇壮に乱舞
●神輿を火攻め水攻めにする豪快な暴れぶり
●能登特産木材アテを使った白木造りのキリコ

開催日/7月第1金曜日・土曜日
場所/能登町宇出津地区
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問い合わせ/能登町 ふるさと振興課
☎0768-62-8526

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